荒神堂縁起


三宝荒神尊(行基菩薩作、厄除守護) 当山に安置してございます御本尊三宝大荒神は大宝年間行基菩薩の御作でありまして火難、盗難、病難等のわざわいを除いてくださいます。 同じ御本尊子安大荒神は婦人一代の大厄といわれる難産の危険と流産の障りを除き、子なき方々に健児を授けてくださる安産・子育の守護仏です。

重要文化財子安荒神尊(安産、子育、授児守護) この子安大荒神は信州坂城の城主村上義清公が祈願仏三宝大荒神を深く信じておられました折、たまたま義清公の妻(正室)加治の姫難産のおり三宝大荒神に安産を祈りしに、たちどころに御霊験あらたかに安産し奉りました。また、女身に姿をかえて夜泣きの子供に乳をあたえてお救いくださいました。

 このお慈悲溢れる奇瑞に深く感謝し、天文十二年に女身像の荒神像を作りこれを子安大荒神として三宝大荒神の本地の御心を子安大荒神に託して三宝大荒神を左に、子安大荒神は女身像でも本地たるために右に、両荒神としてお祀りしたのであります。 義清公が武田信玄に信州を追われて上杉謙信に救いをもとめて行く時、荒神尊を川中島町南原の蓮香寺に託していきました。

国宝指定時の首相加藤高明の揮毫 川中島合戦もいよいよ激しさを増し、蓮香寺は難を逃れて当村山の地に疎開しておりましたが、戦も終わり蓮香寺は南原に帰ることになりました。 しかし、この地を中心にした地域住民の荒神信仰が厚く当山に両荒神を祀り四百有余年の星霜を経て現在に至ったものであります。

 大正四年三月二十六日子安大荒神は国宝(現 国指定重要文化財)に指定され、そのやさしいまなざしで宝前祈願の多くの善男善女に功徳を施しております。