仏教身近なお悩みQ&A

皆様より頂きましたご質問を掲載させていただいております。
ご質問を随時受け付けていますので、こちらからどうぞ

1.23回忌の連絡がきましたがどうすればよいでしょうか?

2.宗教の違う夫のお墓に入れますか?

3.お墓参りは年に1回じゃ少ないですか?

4.仏様に対する罰について

5.厄年に結婚しても大丈夫ですか?

6.死産した子供の分骨について

7.水子供養はどうすればよいでしょう?

8.厄払いはいつまでに済ませればよいでしょう?

9.33回忌法要の粗供養に孫を参加させたいのですが・・・

10.母の3回忌に出席できないのですが・・・
  お祈りの内容によって神社等を変える方がよいのでしょうか?

11.お墓参りにいかなくても供養になるのでしょうか?

12.仏教ではおまじないを否定するのでしょうか?

13.正しい五輪塔はどれなのでしょうか?

14.「墓相」というものはあるのでしょうか?

15.市営の墓地で五輪塔が1基しか建立できませんが・・・

16.法要の段取り等教えてください。


1.23回忌の連絡がきましたがどうすればよいでしょうか?

孫の代です。
23回忌の連絡がきまして、どうすればよいでしょう。
塔婆と少しのお供物料でよいのか、又は夫婦でお参りだけにしようか迷いがあります。
失礼とは思いましたが、 相談するところがありませんでしたよろしくお願いします

お答え

一般的なお答えを申し上げますので、後は適宜お考え下さい。
ご法事のご連絡を頂いた場合は、御仏前をおあげするのが普通かと存じます。
塔婆料については各地の慣習と、 あなた自身のお立場で考慮すればよいと思います。
御仏前はやはりお立場で違うので、 いくらということはありませんが
まごころこめておあげすれば良いのではないかと思います。
要はさわやかに気持ちよくお参りいただくことだと存じます。
参考になれば幸甚です。

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2.宗教の違う夫のお墓に入れますか?

ご質問があります。
夫が仏教(浄土宗)妻がキリスト教ですが、
夫(浄土宗)のお墓に入ることはできるのでしょうか。
夫の墓は先祖代々からあるものです。

お答え

お答えから言いますと、ご夫婦で同じお墓に入ることは何の問題もございません。
日本は信教の自由が法によって守られておりますので、
ご夫婦で違う信仰をもたれている方もいるかと思います。
しかし、そのご夫婦が同じお墓に入るとなると、
最終的にはご自身が納得いくかどうかの問題ではないかと思うのです。
浄土宗では同じお墓に入られることを禁じているわけではございませんので、
ご夫婦お二人がお考えになって結論をお出しして下さい。
ご事情がもう少し分かりづらい為、漠然とした答えになって申し訳ございません。
また詳しいご質問がありましたらお気軽にメール下さいませ。

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3.お墓参りは年に1回じゃ少ないですか?

はじめまして。私は年に一度(遠いので)お墓参りに行っていますが、
霊の存在があ るのならば年に一度では寂しがっているのでしょうか。
お経やお供え物やお線香は喜んでくれているのでしょうか?
私の主人は私以上にお墓参りをしていません。
うまれて数回だけで、主人の両親もほとんど行っていません。
「バチがあたるから何かしたほうがいいよ」と言っても
「本家がやってるから大丈夫」・・・本当にいいのでしょうか?
確かに行くには遠すぎる場所なのですが、何十年も行ってないなんて気になるのですが。
それと、お盆やどなたかが亡くなった時に
お供えするお水には必ず水泡がたくさんついていますが、
これはなくなった方が来てくれていると解釈していいのでしょうか?
単なる偶然かもしれましんが。 よろしくお願いします。

お答え

お墓参りに関するご質問ですが・・・まず霊の存在があるなら・・ということはお墓
参りの際にはお考えにならないほうがよろしいかと思います。
仏教(特に浄土系)では、なくなった方は仏さまになり、
極楽に往生すると考えますので霊の存在は考えません。
そうではなく、お墓は亡くなったご先祖様のおうちとお考えになるほうが自然だと思います。
田舎のおじいさん、おばあさんに会いに行くように、
時々お顔を見せてあげたら、ご先祖様もきっとお喜びになるはずです。
その時には生前好きだったものをお上げになったら、 また喜ぶことと思います。
お線香も良い香りでお迎えになったほうが、より仏様もお喜びになるので、疑問に感じず焚いて下さいませ。
ご主人はあまりお墓参りはされないとの事ですが、お墓参りも義務ではありません。
素直にお参りしたいなーとか、亡くなったあの方に会いたいなーとか、
そういう気持ちになった時にする方が自然だと思います。
あまり気が向かないけど、「なんだかお参りしないとバチが当たりそうだ。」とか、
「お盆やお彼岸でお参りすると決まっているから来てやった。」など、
ご自身が消極的な気持ちでお参りするのではご先祖様も喜ばないと思います。
お墓参りは義務ではありませんので、どうぞ気持ち良くお参りして下さい。
またその時は、今の自分があるのもご先祖様がいらしたからこそという、
感謝の心も忘れないで頂きたいと思います。
最後にお供えのお水に浮かぶ水泡のことですが、これは単なる偶然と思いますが、
もしかしたら仏様がいらっしゃっているのかもしれませんね。

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4.仏様にたいする罪について

はじめまして。突然で申し訳ありませんがご質問があります。
私はとある浄土宗の本で「仏様を恨む人は小さな罪でも罪は消えない」と言うことを知ったのですが、
もしその仏様を恨む人が改心して
その罪を悔い改めようと一心に念仏を唱えるようになったとしたら、
その人の罪は許されるのですか?
それともどんなに改心しようと一生その罪は許されないのでしょうか?
気になるので教えてください。よろしくお願いします。

お答え

罪についてのご質問、ありがとうございます。
お答えが遅くなってしまい申し訳ございませんが、お答えさせて頂きます。
「仏様を恨む人は小さな罪でも罪は消えない」との事ですが、
これは仏様を恨む=仏様を信じていない、という事だと思います。
信じる気持ちがあればこそ我々衆生は仏様に帰依するわけです。
しかし、仏様を恨むことになれば、それは仏様を信じていないわけですから、
仏様に罪を懺悔することも意味のない事になってしまうのです。
「月かげのいたらぬさとはなけれども ながむ るひとのこヽろにぞすむ」法然上人御歌
これは法然上人が阿弥陀仏の救いの光明について歌ったものです。
お念仏を称える人には遍く光明を照らしてくれるのですが、
お念仏をお称えしない人には、月の光がながめようとしない人に降り注がないように、
阿弥陀さまの光明も届かないということです。
もし、仏様を恨むようなことがあったとしても、その後改心し、心から帰依し、
一心にお念仏をお称えしたならば、阿弥陀さまの光明が必ずや届くことと思います。

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5.厄年に結婚しても大丈夫ですか?

私は、今年31歳になりました。
今、3年半 付き合ってる人がいます。
来年その人との結婚を考えておりますが、
来年は、私にとって厄年です。
厄年に結婚しても、問題はないのでしょうか?

お答え

ご質問ありがとうございます。
「厄年に結婚をしても問題は無いでしょうか?」というご質問ですが、
先にお答えから申し上げますと、全く問題はありません。
ただどうしても気になるというのであれば、
お近くの御寺院で厄除けのお参りをなさればそれで良いと思います。
世の中には厄年でも結婚やお祝い事などする方は大勢いらっしゃると思います。
その方たち皆さんに問題が起きるかといえば、そんな事は無いですよね。
ですからあまり厄年ということを重く考えすぎずに、
むしろ「厄年は躍進の年」と前向きに考えていかれたほうがよろしいかと思います。
来年にご結婚を考えていらっしゃるということですので、
お二人で力を合わせてお幸せになって下さい。
蔭ながら御祈念申し上げます。

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6.死産した子供の分骨について

10ヶ月と16日、お腹の中で育てた子供を死産した母親です。
心拍が止まったのが推定で8月3日。 出産したのが8月5日です。
この場合「命日が8月3日でお誕生日が8月5日」と考えて宜しいのでしょうか?
それから四十九日が過ぎたと言うのに、私はまだ我が子を手放せずにおります。
親戚からは「いつまでも家において置くのは良くない。早く納骨を」と矢の催促。
せめて小さな箱に分骨して、
それを肌身は出さず持ち歩けるなら「納骨しても・・・」と思えるようになりましたが、
これすら反対されてしまった事を考えると恐ろしくて口に出せずに、そして納骨も出来ずにいます。
分骨についてどう思われますか?
それが子供にとって問題ないとすれば、
分骨は自分で勝手に分けるより、お寺を通しての方が宜しいでしょうか?
今のままでは「子供をとられてしまう」という気持ちがぬぐえません。
どうぞお教え下さい。

お答え

お気持ちは良くわかります。
母親なら我が子に対する愛情としてとても良くわかります。
しかし、亡くなってしまわれたお子さんにはもう一人の親が出来たのです。
それはこれから未来永劫にお浄土でお育て下さる阿弥陀如来という仏様なのです。
阿弥陀とは「永遠のいのち」という意味です。
あなたの気持ちをそのまま受け取って下さるお慈悲とやさしい光につつまれた仏様なのです。
あなたの気持ちを阿弥陀様にあずけてあげるようにするのも
我が子に対するもう一つの愛情だと思いますがいかがでしょうか?
分骨の件ですが、家族の方に理解をしてもらって
もう少し気が済むまでそばにおいてあげても良いと思います。
納骨はなるべく早くしてあげてお子さんが光輝くお浄土で暮らしている姿を思い起こして下さい。
あなたの気持ちが整理できるようになったら分骨も納骨してあげた方が良いと思います。
大切なお子さんだからこそ親のあなたの気持ちがとても大切です。

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7.水子供養はどうすればよいでしょう?
   
水子供養について何もわからないので教えてください。
どんなことをすればよいのか、細かくお願いします。
流産した場合でも水子供養になりますか?

お答え

水子とは、深いご縁があって尊い命がお母さんのお胎の中に宿ったにもかかわらず、
何らかの理由によりこの世の中に生まれてくる事の出来なかった人の事を言います。
本来ならば大勢の皆さんに祝福されるべき
”いのち”だったはずですが本当に縁のうすい事です。
しかし”いのち”とはお母さんのお胎の中に宿した時が生きた命の始まりですから、
いかなる理由があろうとも供養することが大事であります。
ご質問にもありましたが「流産した場合でも水子供養になりますか?」ということですが、
これも当然水子供養ということになりますので
しっかりご供養なさったほうがよろしいでしょう。
供養と言っても成人のお葬式と変わらないような時もあれば、人知れず供養することもあります。
どちらにしても供養の気持ちに変わりはありません。
まごころを込めて供養してあげて下さい。
さらに、水子供養というご縁をただ悲しいだけに留めず、
いつでも自分の心の中で一緒に育っているんだと思い、
この悲しさを他人に対するやさしい思いやりの心に育てて下さい。
それが何よりの供養です。
この世の中は様々な出会いと別れがあります。
水子供養も一生の間の大切な出会いだと思って下さい。
だからきちんと供養する事をおすすめします。
「仮にきて 親にはかなき世を知れと 教えて帰る 子は菩薩なり」という歌があります。
親に世の中をしっかりと見つめてほしいという願いから
観音様が仮にあなたの子に姿を変えてきたんだと思います。

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8.厄払いはいつまでに済ませればよいでしょう?

初めてこのページを拝見しました。
今年小厄(前厄)なのですが、厄払いはいつ頃までに済ませたほうが良いのでしょうか?
前回の厄年(大厄)の折、厄払いをしなかったから、
良くないことが立て続けに起こったような気がしています。
今回はきちんと払っていただこうと思っているのですが、
タイミングやどこに行けば良いのかが良くわかりません。
よろしくお願いします。

お答え

「厄払いについて」お答え致します。
人生はさまざまな縁によって成り立っています。
ご縁とは出会いの事であります。
人やもの全てを含めた出会いであります。
出会いには当然別れがあるわけです。
その折、折にさまざまな心の変化が起こります。
自分の思い通りにならない苦しみということでありましょう。
でもそれも真実として受け止めなければならないのが人生です。
長い人生の中でそのような変化の大きい時が「厄年」であります。
普段気がつかないけど、神仏に護られている事に気づき、
出会いをより一層大事にする心構えを持つ事が厄年で大切な事といえるでしょう。
厄除けの方法はきちんとするには前厄、本厄、後厄と三年間するのが良いと思います。
タイミングは新年から節分頃までに済ませた方が良いです。
当寺でも、来寺されても、郵送でも受け付けて降りますので申し添えておきます。
(HPでも受け付けております)
厄除けをきちんとされて良いお年をお過ごし下さるようお祈り致します。

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9.33回忌法要の粗供養に孫を参加させたいのですが・・・
      
はじめまして、大阪の主婦の○○と申します。
お忙しいところ大変申し訳ないのですが、ご質問させて頂きたく宜しくお願いいたします。
もうすぐ亡き父の33回忌の法要を行います。浄土宗です。
出席者は母と私たち子供とその子供(故人にとって孫)とおば家族だけでおこないますが、
粗供養を用意するにあたり、子供一同と、孫たちはまだ小学生と中学生ですが、
亡き父に「孫たちも供養してくれてますよ」という気持ちを届けたく、
孫一同でも用意しようと考えています。
おば達は「粗供養は他人に渡す物だから、今回は身内だけだから粗用供養はいらない」とか
「まして孫の粗供養なんておかしい」ともうしますが、そうでしょうか?
私は父の供養の為きっちりとしたいと思うのですが、
本来の粗供養の意味をお教え願いたく宜しくお願いいたします。
もちろんお供えは別に用意いたします。

お答え

お便りありがとうございます。 お父様の33回忌を迎えられ、
親しい方々でご供養の誠を捧げられる心をお父様もさぞや喜んでくれる事でしょう。
先立たれた方は何より残された方々が元気で仲良く暮らしてくれる事を望んでいるのですから。
粗供養の件ですが、 本来粗供養とは法要に際し
「お忙しい中をお越しいただきありがとうございます」
という心を形にして差し上げるものですから、
今回は本当に親しい方々でお勤めするのであるなら、
お孫さんの気持ちはお供え物で仏前にあげたらよろしいと思います。
お父様にそのまごころは充分に伝わると思いますがいかがでしょうか。
先立たれた方は何よりも心を一つにしてなごやかな姿で
法要を勤めてくれる事を望んでいるのですから。
あなたの心もよくわかります。
又、おばさまの気持ちもよくわかります。
どちらも“よかれ”との思いからなのですから、
決して言い争いの種にしないで下さい。
「白は白、黄は黄のままで咲く野菊、とりかえられぬ尊さを咲く」
おたがいの気持ちを察しあいながら、お父様の法要をお勤め下さい。
遠く信濃路よりご冥福をお祈り申し上げます。

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10.母の3回忌に出席できないのですが・・・
  お祈りの内容によって神社等を変える方がよいのでしょうか?

こんにちわ。初めて書き込み致します。
教えて頂きたい事が2点あります。
(1)3月に叔母の3回忌があるのですが、事情があり出席出来ません。
個人でお墓参りに行くだけで供養になるのでしょうか?
(2)神社によっては学業の神様、縁結びの神様などあると思うのですが、
やはり神社によって内容を変える必要があるのでしょうか?
お忙しい中、恐縮ですが宜しくお願い致します。

お答え

(1)のご質問ですが、個人で行かれても、法要の後大勢で墓参りされても、
そのまごころは通じますので当然供養になる事と思います。
今回の場合は法要のご案内をいただいたものであれば墓参も大事ですが、
法要に御仏前(お香料)又は、お供え物をするのが礼儀と思われますがいかがでしょうか。
決めるのはあなたですがご一考下さい。
(2) のご質問ですが、神社には主たる祭神(ご神体)をお祀りし、
その由緒によって福徳を授けるものですので、
学業などさまざまなお願い事をされる中で特に有名なものが目につくものと思われます。
それ以外はしてないというわけではないでしょう。
従ってお願い事の違うごとに神社をかえる方もいますが、
全て同じ神社でお願いする方もいるわけです。
ご質問の中で「変える必要があるか?」とありますが、
この件に関してはどちらでも結構といわざるを得ません。
参考になれば幸甚です。

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11.お墓参りにいかなくても供養になるのでしょうか?

実家では、月1回お坊さんが来られて、お経をあげていかれます。
それ以外は何もしません。
彼岸にお寺(納骨堂)にも行かず、お坊さんがあげるからいいと言います。
それで供養してると言えるのでしょうか。
私は実家とは違う仏教の教徒で、自分の家では、毎日お経をあげます。
実家のいろんな悪い現象が心配です。
質問するようなことではないかもしれませんが、よろしくお願いします。

お答え

お便りありがとうございます。
供養についてのご質問ですが私なりのお答えを致しますので参考になれば幸甚です。
まず、あなたのご実家の供養ですが、
毎月お坊さんに来てもらいお経をあげてもらうという事ですが、
一般的にみて誠に結構なことだと思います。
そこにはお坊さんが施す「法施」と受けた側が施す「戝法」とがあり、
お互いに清らかでなければなりませんが、
「戝法二施、功徳無量」とあるように良い行為であるといえます。
ですが、お坊さんに家に来てもらうから
自分からはお寺には行かないというのはちょっと考えものですね。
次にあなたの供養の方法ですが、毎日お経をあげるという行為を続けている事は
大変立派な事で自分自身の生活に潤いあることと存じます。
しかしどちらが良いかという事は間違っています。
どちらもくらべることではないのです。
前者は「無畏施」という仏様に任せ切った姿と受け止めてあげて下さい。
又、あなたは「自利、利他」の心をもって今の生活を続けて下さい。
実家の悪い現象とは何をさすのかよくわかりませんのでお答え致しかねます。
お許し下さい。
要はそれぞれの立場を理解し合いながら自分だけでなく、
全ての生きとし生けるものの幸せを願う心が大切なのです。
それが先立った方への最良の供養だと思います。

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12.仏教ではおまじないを否定するのでしょうか?

僕の友人は、まだ若い僧侶(浄土宗か浄土真宗)なんですけれども、
僕が車に交通安全のお札をつけていたら、「こんなもんつけるなよ」と言いました。
で、僕が「お前、坊主がそんなこと言っていいのかよ」と言うと、
「坊主だから言うんだ。むしろ、
仏教の精神では供養とか、まじないとかは否定するのだ」と言いました。
で、実際の所どうなんでしょうか?
僕的には、彼の意見にはなんとなく反対(気分的に)なんですけれども…。

お答え

お答えします。
簡単に申す事は本当に難しいですが、
仏教は大きく二つに分けて大乗仏教と小乗仏教があります。
日本ではほとんど大乗仏教です。
大乗仏教の精神は「自利利他(じりりた)」と言い、
自分の事だけでなく全てのものと関わり合っているということです。
自分が現在いるのも直接的には親や先祖があってこそですが、
間接的にはそれらを支えてきてくれた全ての働きがあったからです。
供養という人間だからこそできる大事な事を否定するという事は
あまりにも自己中心的な考え方といえます。
また、お守りを「まじない」と同じに考えるのもいかがなものかと思います。
「お守りを信ずる心」が運転者の精神を安定させるのだと思う事が
より人間らしい生き方ではないでしょうか。
目に見えるものばかりにとらわれていては「おかげさま」はないでしょう。
供養や「まじない」を否定するのではなく、
供養や「まじない」は仏道の全てではないというべきであるということです。

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13.正しい五輪塔はどれなのでしょうか?

五輪塔のお墓の事での質問なんですが、
色々な本で読んだのですが各本ごとに書いてることが違います。
五輪の部分に上からキャカ ラ バ アとボンジで正面のみ彫る、
それとは違い前後左右にボンジを彫る、
また浄土宗なので五輪部分に上から南無阿弥陀仏と彫ると、3パターン位ありましたが
どれも浄土宗から出版されてるものでは無く
お墓研究者の方の物みたいですが互いに書き方を非難しあってます。
一体どれが正しいのでしょうか?
実際に墓地で見てみると大半がボンジのタイプでしたが
ボンジでも間違いないのでしょうか?
ボンジの五輪は真言宗の五輪塔と書いてるのもあったのですが
浄土宗でもボンジ でも良いのでしょうか。
よろしくお願いします

お答え

早速ですが、五輪塔は五大(地・水・火・風・空)を表しているもので、
一番下の四角い部分が大地、その上の丸が水(水は方円の器にしたがう)、
その上の三角が火(炎の形)、その上の半円(月の形)が風、
そして一番上の擬宝珠が空(真理)を表しています。
もうすでに五輪塔の形そのものがこの五大を表しているのですが、
ごく一般的にはその形の所に「キャ・カ・ラ・バ・ア」と梵字で彫ります。
私達が生きていくのにこのうちの特に四大(空を除く)がなくては生きていけません。
その感謝の気持ちを仏や先祖に対して供養という形で表しているものでありますから、
梵字でも「南無阿弥陀仏」でも結構だと思います。
要はお参りする時、目には見えない大地、大自然の恩恵に感謝し、
先祖が伝えてくれた尊い命に感謝する気持ちを持っていただきたいと思います。

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14.「墓相」というものはあるのでしょうか?

お墓にも何か手相みたいな物があるのですか?
お金が貯まらないとか子孫が途絶えるとか色々聞きます、
浄土宗はこうでなきゃ駄目といろいろな先生が書物を出してますが
お寺、または住職となにかかかわりがあるのですか?

お答え

墓相というものがあるそうですが、私は墓相を語る立場ではありません。
浄土宗は?という質問ですが、
私の知るところでは特に墓相の事についてはないと思います。
浄土宗では「指方立相」(しほうりっそう)といって
お墓なり、仏壇なり、実際の方向にとらわれることなく、
その位置が阿弥陀如来のおられる西方極楽の方向と捉えお参り致します。
墓相に惑わされる事なく自分のできる精一杯の供養をする事が大切かと存じます。
この世は諸行無常(無情ではありません)で全てが移り変わるものです。
良い事ばかり、又悪い事ばかりが続くものではありません。
他人と比べず、常に仏と正面から向き合い自らの生活に精進して下さい。

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15.市営の墓地で五輪塔が1基しか建立できませんが・・・
   
五輪塔は死後50年経過した御先祖様を供養する為に建立すると聞いたのですが
市営の墓地で一基しか墓を建立できない場合
位牌墓ではなく五輪塔を建立するのは浄土宗の檀家として問題がありますか?
五輪塔を建立したい理由はこれ以上墓石の建立が無理だからです。
法然上人は念仏を唱え阿弥陀仏に帰依するのを
正行または易行とするなら真言や陀羅尼を唱えたり、
密教的な教えを助行または雑行だと表現されているようで密教的な要素が強い五輪塔は
一基のみしか墓を建立できない場合相応しくないでしょうか?

お答え

ご質問ですが「五輪塔」はご承知だと思いますが
五大(地・水・火・風・空)を形に表したもので、私たちにとってなくてはならないものです。
その形を通して尊崇の念を以ってお詣りすることはとても良いことだと思います。
死後50年経過したらという事はあまり聞いた事がありません。
いずれにしても命を連綿と伝えてくれたご先祖様に感謝し、
今ある命の尊さに感謝し、阿弥陀様のご本願を心から信じ、
お念仏を申す生活をお送りいただくことが肝要かと思います。
ご参考まで。

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16.法要の段取り等教えてください。

来月、父の一周忌を迎える者です。
父母が離婚後母と暮らしておりまして、父の死も49日に知らされた状況でした。
今回が施主として初めての法要になり、お寺で法要を行います。
全く無知である事と、親戚とも疎遠の為に何をすべきか聞きにくく
本当に身近過ぎる質問をさせて頂きます。
(1) お布施としてお渡しする「お経料」とお塔婆料は別にするものでしょうか?
その場合の表書きは?
(2)親戚からのお塔婆の数は決まっていますが、
個々にではなく家としてまとめてお渡しする物ですか?
(3)6〜7人の出席者で掛かる時間は一般的にどの位でしょう?
ご供養から離れた現実的な質問で申し訳なく思いますが、
聞ける場所が他に有りませんでしたので・・・
浄土宗の東京のお寺さんです。
他に必要な事もアドヴァイス頂けましたらありがたいです。

お答え

メールありがとうございます。
私なりにお答え致しますので参考になれば幸甚です。
四十九日に知らされたと書いてありますが、
ご葬儀の喪主はどなたが勤めたのでしょうか。
それは特に問題なく解決しているのでしょうか。
(1)お経料は「御布施」と書いて下さい。
布施とは仏教で大事な徳行の一つで差し出すかたの功徳(くどく)とされているからです。
(2)お塔婆料はお寺によって金額が定めてあると思いますので、
よく聞いて金額×本数で表書きの書き方は「御塔婆料」で良いと思います。 
(3)ご法事の時間はおおよそ30分位ではないかと思います。
お寺によって違いはありますので確実なお答えは出来ませんが大体その位かと思います。
不思議なご縁で親子となったのですから感謝の念をもってお勤め下さい。

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